第107章 零から
「あの・・・赤井さん」
「なんだ」
・・・言わなきゃ。
赤井さんもきちんと言葉にしてくれた。
だったら私も、きちんと言葉にしなくては。
「先日の、こと・・・なんですけど」
正直、嬉しくない訳ではなかった。
というより、嫌ではなかった・・・というべきなのか。
でも、私は・・・。
「分かっている」
赤井さんの気持に応えることは、できない。
「ずるい事をしたな。すまない」
私が明確な返事を出す前に、彼に先に謝られてしまった。
別にそんな風には思っていなかったのに。
違うと早く否定したかったのに。
それを上手く伝える言葉が出てこない。
断ることに、違いはないのだから。
「ただ、無かったことにしてくれとは言わない」
そう言いながら、彼は徐ろに私の額へ軽く唇を触れさせて。
「今まで通りの君でいてくれ」
どこか悲しそうにも見える笑顔で、私の頬を優しく撫でた。
「赤井さん・・・」
本当は私が謝らなくてはいけないのに。
もう、零の元には戻れないのだから。
赤井さんを選んでも構わないはずなのに。
それでもやはり私は。
零が、良かった。
ーーー
ー現在ー
つい、昔のことを思い出してしまった。
思えば、赤井さんにプロポーズされたせいで、零を忘れられなくなった気もするが。
「・・・・・・」
零がいくらFBIの周りを嗅ぎ回っても、証人保護プログラムを受けた人間を探し出すことはほぼ不可能だろう。
日本に居れば彼なら容易かもしれないが・・・ここはアメリカだ。
赤井さんも大丈夫だと言ってくれた。
なら・・・これ以上は聞かない方が良い。
「今日はもう戻ります」
気にならないと言えば嘘になる。
でも赤井さんの傍に居ると。海を見ていると。
つい、口に出してしまいそうだったから。
「送ろう」
「いえ、大丈夫です。一人になりたいので」
気持ちを・・・落ち着かせたい。
というよりは、考えを纏めたい。
だから赤井さんの言葉には甘えず、いつもはゆっくり歩いて帰る道を今日は走って帰った。