第107章 零から
それから数日間。
赤井さんは姿を見せなかった。
その間、意外にも考えていることは赤井さんの方が多かったと思う。
でも同時にチラつくのは、やはり零の存在で。
今日また同じようなことを考えていると、突然部屋のドアが数回ノックされた。
「入るぞ」
誰がノックしたのかは、分かっていた。
アメリカに来てから彼にしか会っていなかったのもあるが、彼・・・赤井さんのそれには、少し癖があるから。
「以前より、少し顔色が良くなったな」
こちらの返事なんて聞きもしない。
赤井さんはいつも、部屋にも気持にも遠慮なく入ってくる。
「今日は君の新しい身分証明になる物を持ってきた」
そういえば、そろそろ半年も経つのにそんなものも持っていなかった。
食事はFBIの人達が交代で持って来てくれていた為、部屋から出る必要がなかったから。
特に必要性を感じていなかった。
胸ポケットから取り出されたそれを受け取れば、見慣れない名前が書かれたそれに、何故か胸がザワついた。
本当に・・・私は私でなくなってしまっているのだな、と今更実感してきて。
「但し、それを出すのは俺が許可した時だけだ。いいな?」
彼から渡されたそれに視線を落としていると、赤井さんに一つ忠告された。
何かリスクでもあるのだろうか。
確かに、無闇に出してはいけない気もするが。
「・・・分かりました」
深く聞くのはやめよう。
もう、何かに足を突っ込むことはしたくない。
これからは静かに、穏便に生きると決めた。
「近くに日本人向けのレストランがある。近いうちに行ってみると良い」
そもそも、証人保護プログラムとはここまでしてくれるものなのだろうか。
それに、いつまでこんな生活なのだろう。
「気晴らしにはなるだろう?」
とりあえず、彼の言葉には否定とも肯定とも言えない視線で返した。
その瞬間、フッと笑みを向ける彼に、胸が締め付けられた。
数日前、彼はあんな事を言ってきたのに。
変わらない態度で私に接してくることに、ありがたさと罪悪感を覚えたから。