第107章 零から
「今日は君に話があってきた」
「?」
そんな切り出し方をされたのは、初めてだった。
いつもは隣に座って、何でもない話を勝手にして勝手に帰るのに。
妙な空気にもそうだったが、赤井さんのいつに無く真剣な表情に、自然と背筋が伸びた。
「な、なんですか・・・」
せめて良い話なのか、悪い話なのか。
どちらなのかだけ聞いておきたいが。
彼の目が、それ以上の言葉を封じ込めた。
「君が彼のことを忘れられないことは分かっている。その上での、提案だ」
そう前置きすると、赤井さんはくわえていた煙草を携帯灰皿に突っ込み、徐ろに私の手を取って。
「君の一生に、俺を置かないか」
真剣な声と表情で、そう言われた。
「俺の傍に、君がいてほしい」
冗談などではない。
真っ直ぐ、私だけを見た言葉。
「彼の影があっても構わない。それで君の笑顔が守れるのであれば、な」
・・・何、なのだろう。
これじゃ、まるで。
「プロポーズ・・・みたいじゃないですか」
握られている手を引こうとしたのに。
その手は強く握られ、それを許さなかった。
「一応、プロポーズのつもりなのだがな」
少しだけ柔らかな表情になると、赤井さんにそう返された。
あまりにも唐突なことに、何も反応ができなくて。
ただ瞬きを繰り返すしかできなかった。
「後悔をさせるつもりはない」
・・・この気持ちは何なのだろうか。
少なくとも。
「こ、後悔・・・というよりは・・・」
「罪悪感か?」
そう・・・罪悪感だ。
胸がザワザワして、苦しい。
思考回路が上手く働かない。
赤井さんを選ぶことは絶対に無いのに。
それでも赤井さんがぶつけてくれる気持ちは、本物なのだと。
それを思い知った瞬間。
零にも、赤井さんにも。
強い強い罪悪感が襲ってきた。
「指輪は返したのだろう?」
・・・返した。
確かに、零から貰った指輪は彼に返したけれど。
でも、だからといって赤井さんを選ぶことは・・・やはり。
「・・・・・・」
ない。
「少し、時間をください」
・・・ない、けど。
「ああ。いつでも構わない」
赤井さんの気持ちを今すぐ簡単に跳ね除けて良いものなのかと、その時は流石にしり込みしてしまった。