第107章 零から
「大丈夫・・・です・・・」
息が苦しいのは、体調のせいか。
それとも、この得体の知れない不安感か。
「君が大丈夫だと言う時は大概、大丈夫ではない時だ」
そんな事はない、と言い返したいところではあったけれど。
震えた体、溢れ出る冷や汗、乱れた呼吸。
大丈夫だという言葉を信じろ、という方が無理があった。
「何が君を、そこまでそうさせる?」
体調のせいではないだろう、と言葉を続けながら問われれば、やはりそうなのかと、自分のことなのに納得して。
「・・・分かっていれば、こんな風になりませんよ」
別に外が怖くて出なかった訳では無い。
「ただ・・・」
外に出るのが不安だった、というのはある。
それは。
「何だか・・・責められているように感じて・・・」
零を欺き、公安にもFBIにもリスクを招いて。
自分はこうして安全に暮らしている。
それをどうにも、責められている気になる。
視線を向けられる度、何故生きている?と問いただされているような。
そんな気が、するだけ。
「・・・!」
見えないものに無意味に震えていると、突然無造作な重さを頭に受けた。
どこから取り出したのか知らないが、乱雑に帽子を被されたのだと気付くと、下がり過ぎたそれを正しながら赤井さんを見上げた。
「如月ひなたは死んだ」
彼はマッチで火をつけると、口に咥えた煙草にそれを移して。
「もう負い目を感じるな」
そう、いつものポーカーフェイスで言われた。
赤井さんの言葉では何も変わらないと思っていたのに。
「そんな言葉では、足りないか?」
「・・・いえ」
救われた。
単純にも、簡単に。
それは赤井さんだったからなのか、その言葉だったからなのかは分からないが。
得体の知れない不安感を軽くするには・・・今の私には十分過ぎた。
ー
暫く二人で歩き、連れてこられたのはとあるビーチだった。
「・・・・・・」
どこか懐かしいような潮の匂いに、自然と瞼が下りて。
如月ひなたとしての最後は・・・この匂いに、鉄のような血の匂いが混じっていたな、と数週間前のことを思い出しながら、空気を大きく吸い込んだ。