第106章 ゼロへ
「ひなた・・・何を飲んだ?」
・・・飲んだことはバレているのか。
それとも、彼なりの勘か。
「・・・ひなた?」
彼の質問には答えないまま、ゆっくりと彼の顔の方へと手を伸ばした。
「れい・・・」
「どうした・・・っ」
彼にしては冷静さを保っている方か。
それでも滲み出るそれに、彼らしいと心中で笑みを零した。
「・・・最後に、キス・・・して・・・?」
私のその言葉に、彼は一瞬言葉を失った様だった。
風見さんもそれが聞こえていたようだったが、気を利かせてか前方へと視線を向き直して。
「・・・・・・」
要望通り、彼の唇が優しく私の唇に触れ、離れる時には名残惜しそうに視線を交わした。
「・・・言っておくが、最後ではないからな」
険しい顔でそんな事を言われたが、私は精一杯の僅かな笑みしか返すことはできなくて。
残念ながら・・・これが最後。
本当に、最後だ。
「ひなた・・・っ、座ってろ・・・!」
最後の力を振り絞って立ち上がると、彼の手を取り、はめられている手袋を外して。
いつもの様に冷たいその手を自分の顔にピタリと付けると、瞼を落とした。
「・・・零の冷たい手、好きだったよ」
この冷たさが、彼のものだと教えてくれる。
・・・でも今日は、少しだけ温かく感じる。
それはきっと、私の方が冷たいからだろう。
「零の作る・・・ご飯、も・・・」
・・・伝えたいことは沢山あるのに。
「ひなた・・・、もういい・・・っ」
頬に付けていた彼の手が、僅かに震えだして。
私の呼吸も、更に浅くなって。
「・・・零」
最後に。
最後に伝えておきたい。
本当はずっと傍に居たかったこと。
本当に大好きだったこと。
そして、最後に返しておきたい。
それなのに。
体が、口が。
思うように動かない。
最後くらい、彼の目を見ていたい。
そう思い、今にも目から何かが溢れそうな彼を見上げた瞬間、彼の背後で一発の大きな花火が打ち上がって。
・・・どうやら、タイムリミットのようだ。