第106章 ゼロへ
「・・・出せ」
低く、どこか怒りが込められたような声色で風見さんに指示を出すと、私を抱きかかえ直して。
・・・すごい。
その時思わず脳内に浮かんだのは、賞賛の言葉だった。
ただそれは零に対してではなく、あの小さな名探偵に対してで。
「残念だけど、貴方達に逃げ場も選択肢も無いわ。大人しく彼女を引渡しなさい。そうすれば楽に・・・」
「悪いが、彼女はこちらで預からせてもらう」
・・・彼の執念と言うのか、信念と言うのか。
その真っ直ぐな思いは、やはり私を不安にさせる。
「聞きたいことが、山程あるからな」
それが突然、音を立てて折れてしまったら。
彼はどうなってしまうのだろうか、と。
「・・・・・・!」
ジョディさんの表情に僅かな変化があった時、どこからともなく何かが近付いて来る音が響いてきて。
それが何なのかとジョディさんとキャメルさんが辺りを見回し始めた時、彼は海に向かって突然走り始めた。
「待ちなさい!」
それに気付いたジョディさんは、咄嗟に零へ静止の言葉を掛けるが、勿論止まるはずが無くて。
彼は私を抱きかかえたまま、海へと飛び込むように、高く高く飛んでみせた。
「・・・ッ」
流石に、その浮遊感に体がゾクッとして。
反射的に目を瞑って彼にしがみつくと、次の衝撃に体が身構えた。
「・・・・・・」
あのままであれば、勿論海へと一直線だったけれど。
「大丈夫か、ひなた・・・っ」
「・・・っ・・・」
目を開けばそこは、モーターボートの上だった。
「降谷さん・・・如月さんは・・・」
「・・・呼吸が浅く、脈が弱い。とりあえず、病院に連れて行くのが先だ」
どうやら運転しているのは風見さんのようで。
大きく揺れるボートの上で零はスーツのジャケットを脱ぐと、それで私を包むように肩へと掛けた。