第106章 ゼロへ
「・・・・・・」
零、と呼んで良いのか。
透さんと呼ばなければいけないのか。
迷った末に、呼べなくて。
私を抱き締めている理由も聞きたいのに、聞けないまま。
彼の真っ白な手袋が、私の腕から溢れる血液で染まっていく様子を横目で見ては、また1つ嫌なものを増やしてしまったなと感じた。
「・・・どうして何も言わない」
あぁ・・・今は降谷零だ。
瞬時にそう思えた、声色と雰囲気。
ただ声は密やかにしているのはやはり、声が届く範囲に組織の人間がいるということで。
でも降谷零の声が妙に安心するのはやはり、その時の彼と居ることが多かったからなのか。
「何も、言うことが無いからだよ」
本当は言いたいことも聞きたいことも沢山あるけど。
言った所で、互いに辛くなるだけだ。
もう、カウントダウンは始まっているのだから。
「では最後に僕から言わせてくれ」
最後。
本当にその通りなのに、言葉にされると心臓が抉り取られるような思いで。
黙ったまま彼の言葉を静かに待つ数秒は、数時間にも思えた。
「・・・頼むから、ここから逃げてくれ」
逃げるつもりは無いと言っていたのに。
彼は説得できると、思ったのだろうか。
「僕の元に居たくないのであれば、それでも構わない。ただひなたには・・・」
息が苦しい程に、抱き締める力が更に強まって。
「生きていてほしいんだ」
背後から抱き締められているせいで表情は見えないけれど。
震えるその声は、今にも泣きそうなもので。
自分の罪深さが胸を更に締め付けた。
「・・・ありがとう」
生きていてほしい。
その言葉を聞いて、彼はやはり私がどうしようとしているか分かっているのだと察した。
私が生きている限り、零や周りも危険な目にあう。
もし私が零に秘密でどこかにひっそり消えても、彼は必ず探し出してみせるだろう。
けど、本当にこの世からいなくなってしまえば。
彼は探すことすらできないから。