第106章 ゼロへ
「・・・本当は、どうするつもりだった」
「え・・・?」
抱き抱える私にだけ聞こえるように、バーボンはそっと静かに尋ねてきて。
「近くに船が止まる様子も予定も無い。本当はどこから逃げるつもりだったんだ」
・・・そんな事まで、公安は把握しているのか。
私達がここに来ることを、いつから分かっていたのか・・・それだけは問題だけど。
「逃げるつもりなんてないよ」
証人保護プログラムを受けることに変わりはない。
「最初から、FBIと手を組んで戦うつもりだったから」
例えそれが良くない結果でも。
FBIとの取引だから。
「・・・させるものか」
怒りの滲む声で言葉を零す彼の手に、グッと力が込められて。
更に彼から逃れられない気になった。
「!」
僅かに潮風が漂うのを感じていると、突然別の倉庫から、何かが崩れ落ちるような大きな音が辺りに響いた。
「・・・何かしら」
「FBIの連中が暴れているのでは?」
組織は意図していないことか。
でも、FBIが何かするとは聞いていない。
・・・聞いていなくても、勝手に事を進める人物がいるから、当てにはできないが。
零も、しらばっくれている様子が無いということは、公安絡みでも無いのだろう。
「・・・・・・」
ジョディさん達が、何かに巻き込まれていなければ良いけど。
「!!」
そう脳裏で考えていた時、私達が数十秒前までそこに居た倉庫内からも、大きな音が聞こえてきて。
何か重たいものが高いところから落ちるような、鈍くも大きい音。
聞こえて来た瞬間、体は大きく跳ね上がり、思わず私を抱える零の服を軽く掴んでしまった。
「・・・FBIじゃありませんね」
私の態度を見て悟ったのか、バーボンは倉庫内に目を向けながらベルモットにそう告げた。
「何だっていいわ。早く行くわよ」
そう言って彼女が走り出そうとした時だった。
この音の意味が、分かったのは。
これはきっと・・・。
「!」
暴れるようにして零の腕の中から離れると、痛む全身を抑え込みながら、とにかく走った。
・・・これは、赤井さんからの合図だと察したから。