第106章 ゼロへ
「ひなた!」
逃げた私を案の定彼は追い掛けて来たが、勿論それは想定内だ。
寧ろ、追い掛けてきてもらわなければ困る。
でもまだ・・・ここで追いつかれてはダメで。
彼のエリア内に入らなければ、作戦は成り立たない。
その上、そこであの男を・・・。
「・・・ッ、は・・・はぁ・・・っ」
簡単に息が切れてしまう。
車から飛び降りた際に背中を強く打ち付けたせいか、息を大きく吸えばそこが傷んで。
それでもどうにか前に進んだが、縺れた足で派手に大きく転んでしまった。
「ひなた・・・!」
「・・・ッ」
来ないで、と叫びたいのに。
打ち所が悪かったのか、声が出なくて。
こちらに駆け寄ってくる彼を、横目で見る事しかできなかった。
「・・・と、る・・・さ」
零と呼んではダメだと。
無意識にその名前を口にしかけた瞬間。
数メートル程の彼との間の地面に、突然銃弾が撃ち込まれた。
大きな発砲音がしなかった事から、きっとサイレンサー付きのものから発射されたんだと考えながら、それが飛んできた方向へとゆっくり目を向けて。
気配や行動から、これを誰がしたのかなんて事は、脳裏では分かっていた。
けれど、ここではまだマズイという考えから、視界に入れるまでは、そうでなければ良いのにとも思っていて。
「だから行ったんだ。ネズミは早めに始末しておけと」
・・・ジン。
結局はこの男をエリア内に連れて行かなければ・・・FBIとの取引が成立しない。
でもここからでは・・・。
「ジン!」
バーボンが制止させる為に呼んだ声とほぼ同時に、ジンが行動した。
まるでジンが次に取る行動に、予想がついていたように。
「・・・・・・」
サイレンサー付きの銃を、こちらに向けられた。
この男と会う時は、いつも向けられている気もするが。
またか、と思えば不思議と恐怖も薄れていた。
・・・いや、恐怖が薄れていたのはきっと。
それに意味が無いとも、結局この男に撃たれても問題無いとも思っていたからかもしれない。