第106章 ゼロへ
「僕の目を見ろ」
両頬を片手で掴むように持たれると、グッと彼の方へと向けられて。
それでも指示には従わず、瞼は固く閉じたまま。
息が自然と止まるような感覚を覚えながら、時が過ぎるのをただ待つしかなくて。
「・・・っ・・・!」
そんな息苦しい数秒の間の後。
突然唇に、生暖かい感触を受けた。
私の唇に彼の舌が這ったのだと察した時、思わず瞼は持ち上がりそうになってしまったが、どうにかそれをぐっと堪えて。
「・・・相変わらず、頑固な所は変わらないな」
そうポツリと呟いては、今度は彼の唇が耳に触れて。
「っ・・・」
声が、出そう。
それを必死に抑え込むために自身で口に手で蓋をするが、それは呆気なく彼の手によって外された。
「僕の目を見て、きちんと言ってくれ」
耳元で。
囁くように。
どこか、切ない声で。
「目の前から去るのなら、僕にきちんと別れを告げてくれ」
そう、言われてしまった。
「・・・もう、突然失うのはごめんだ」
「ッ・・・」
そんな事を、言わせてしまった。
「・・・納得、するの」
「する訳ないだろ」
ゆっくりと、彼と目を合わせないように、瞼を薄ら開きながら震える声で尋ねるが、彼からの答えは案の定反発するもので。
「居なくなったとしても、どんな手を使ってでも探し出してみせる」
彼の言葉には、不思議と納得してしまう。
「何年掛かろうと、僕がどうなろうと」
本当に、そうするのだろうなという決意が、感じられる。
「ひなたの傍にいると・・・誓ったんだ」
そう言った彼の声があまりにも切なくて。
「だから・・・」
「・・・ごめん」
でも、私は謝る以外はできなくて。
「もう、傍には居られない」
最早私達だけの問題でもなくなってきた。
いや、そもそもが私が足を踏み入れて良い場所じゃなかった。
その状況は、今となっては最悪で。
だから私がこうする他無い。
それはきっと零も、分かっているはずだ。