第106章 ゼロへ
「私も、貴女にはもう少し利用価値があると思っていたけど。残念ね」
・・・ベルモットの言った、最後の一言が全てを物語っている。
事が終わり、用済みとなれば私はどうなるのかが。
どのみち終わりは同じだけれど。
「すみませんが、先に少し躾をして来ても?」
バーボンはベルモットに僅かな圧をかけながら、ノーとは言わさない質問をした。
「あら、その子を連れて逃げる気?」
「まさか」
聞いてるこちらの方がヒヤヒヤする。
ただ不思議とベルモットには、完全に敵として見ていない自分もいて。
「ここから逃げられないことは、貴女がよく知っているはずですよ」
「まあ、そうね」
・・・逃げられない、か。
つまりもう組織の人間で周りを固められているのか。
「・・・・・・」
まさか本当に、ここまでとは。
「5分で戻ります」
そう言ってバーボンは私の手首を握ると、それを乱雑に引いて隣の更に薄暗い部屋へと連れ込んだ。
「・・・ッ!」
放り投げられるように手を離されると、力の上手く入らない体はフラフラとバランスを崩しながら、壁へと体を付けて。
その壁に追いやるように彼の両手が勢いよく壁に叩き付けられると、その大きな音に体がビクッと反応を示した。
「何故、逃げる」
目なんて見られない。
それどころか、彼の顔すら見ることができない。
今まで感じた事のないような圧力と、彼からの怒りが空気から伝わり過ぎていて。
強気でいればいいのに。
そんな思いは簡単に崩され、一気に貧弱な感情を強められた。
「本当に証人保護プログラムを受けるつもりか」
なるべく声は潜めているが、感情は十二分に伝わってくる。
ただ彼の質問に、今は。
「・・・・・・」
ただ、押し黙ることしかできなくて。
「ひなた」
心が揺さぶられそうになる、その呼び方も。
今は必死に、かたく瞼を閉じて遮断した。