第106章 ゼロへ
「安室透・・・っ」
私の前に立つキャメルさんは、憎そうに彼の名前を呟くと、握る銃がカチャリと音を立てた。
「彼女、返して頂けますかね?鍵として使うには、生きたまま連れて行かなければいけませんので」
そうこちらに言い放った彼の言葉に違和感を持ったのは、きっと私だけではないはずで。
さっきまで着ていたスーツは変わらないけど。
目の前にいるのは、公安の降谷零じゃない。
今の彼は、組織の・・・バーボンだ。
「何をふざけた事を・・・!」
キャメルさんも気付いている、はずだけど。
それを確かめるように、背後に立つジョディさんに小さく視線を向けると、彼女は一度小さく顎を後ろに降って、奥へ行くことを無言で指示した。
「・・・・・・」
キャメルさんへは、軽く服を引いてそれを伝えて。
一応、船で逃げることが目標ではあるけれど。
それ以上に1つ、やらなければならない事がある。
それが上手くいかなければ・・・。
「・・・ッ」
パンッ、という破裂音が数回、バーボンの足元に向かって放たれると、それが合図のようにジョディさんが走り出した。
「失礼します!」
キャメルさんは私を抱き抱えると、それを追い掛けるように足を進めて。
けれどバーボンはどこか落ち着いた様子で、私達を追い掛ける素振りも無く、一瞬目に映った表情も酷く冷静的なものだった。
「・・・・・・」
とりあえずここを出なければいけないけど。
エリア内には居なければいけない。
まだ痛む胸の辺りを掴んでは、万全ではない体に不安を募らせた。
「・・・!」
先を走っていたジョディさんが急に足を止めた。
キャメルさんもその大きな体を何とか止めたようだったが、抱えられている反動は私にも届いて。
「どうし・・・」
キャメルさんが尋ねる間もなかった。
暗闇でもその異様な雰囲気を漂わせる人物が、視界に入ってしまったから。