第106章 ゼロへ
「駄目です・・・、如月さん・・・っ」
「・・・ッ」
せめて怪我の手当てだけでもしてあげたい。
でも、そんな暇が無いことは分かっている。
後ろ髪を引かれる思いというのは、こういうことを言うのか。
「すみません・・・風見さん・・・」
手に持っていたハンカチを風見さんの隣に置くと、精一杯の力で逃げるように赤井さんの元へと走って。
その背中に何度も、彼の声で呼ばれる名前が刺さった。
振り向きたい気持ちと、全身の痛みを抑え込むと、赤井さんの後ろをついてとにかく走った。
数メートル風見さんから距離を取り、直接的に互いの存在が確認できない位置まで来ると、何故か赤井さんは急に足を止めて。
「手当ては安室くんにしてもらったようだな」
彼は、そう言うなり私を抱え上げて。
痛みと諸々の感情のせいで声を上げることもできなかった。
沖矢昴には何度もそうされた事があるのに。
彼とは別人のように感じるのは何なのか。
「・・・・・・」
・・・あれ。
そんな事より。
今、赤井さん・・・。
「どうして・・・零だと」
確かに手当てをしてもらったのは零だけど。
さっきまでの状況を見れば、風見さんに手当てをしてもらったと考える方が自然ではないだろうか。
なのに何故、零だと思ったのか。
「安室くんが居る場所に君を落としたんだ。彼が手当てしたと考えるのが普通だろう」
・・・私の考え方がおかしいのだろうか。
一体何が普通で、何がそうじゃないのか。
混乱という簡単な言葉では片付けられない感情だ。
「簡潔に聞きたいんですけど、どこからどこまでが作戦なんですか」
「君が考えている、全てだ」
全て。
明確な答えを貰ったようで、結局何も分からなくて。
「・・・ジョディさんの車にあった発信機は」
「あれは安室くん達が仕掛けたものだ」
・・・達、ということは公安がということか。
でもそれを赤井さんが知っているということは。
「仕掛けたじゃなくて・・・仕掛けさせた、の間違いでは」
「俺達は別に、彼らへ指示を出したつもりはない」
さっきからどうも皮肉のような言い回しをする。
いや、彼は元々そういう人か。
沖矢昴の時に、散々思い知っていたのに。