第106章 ゼロへ
風見さんは暫く私を抱えたまま走り続けると、薄暗い茂みへと身を隠した。
その間、彼の顔を伝う血が気になって仕方がなくて。
「風見さん・・・何か当てておいた方が・・・」
「いえ、これくらいは大丈夫です」
そっと草むらに体を下ろされると、目の前で息を切らす風見さんに、ポケットから出したハンカチを持つ手を伸ばして。
走ったせいか、それは止まるどころか少しずつ溢れ出ていた。
「・・・貴女は私を、気に掛けるのですね」
「?」
流石と言うべきなのか、慣れ過ぎだと呆れるべきなのか。
この程度の傷では痛がる様子は無い風見さんの額にそっとハンカチを当てると、そんな事を言われて。
何を、と首を傾げながら彼の顔を見れば、何故か僅かに口角の上がった表情が目に入った。
「私には気に掛けるなと言ったのに、貴女は私を気に掛けるのですね」
・・・それは。
「怪我人を放っておくことは・・・できませんから」
これを無視して走り出せる程の人間ではない上、今は逃げられそうもないから。
それくらい、図太くあれば良かったとは思うけれど。
「そう、ですか」
早くも息が整い始めた風見さんは、彼の額に伸ばす私の手をそっと優しく取り払って。
要らぬ事をしただろうかと、もう一度風見さんに視線を向けた。
「・・・はい。近くの茂みに」
彼は耳に付けていたイヤホンに手をやると、さっきまでの柔らかい表情から一変し、公安としての目付きになっていた。
・・・零からの電話か。
それに気付いた瞬間、どこか雰囲気に飲まれて薄れてしまった危機感や状況を思い出し、急に背筋がピンッと伸びた。
そして、赤井さんからの『待機』の指示を果たせなかったことを思い出して。
ジョディさんとの合流もできていない。
ここに居れば・・・零が来る。
でも私が走れる状態でも、体力もない。
痛む肋骨付近を軽く押さえながら打開できない状況に脂汗を流していると、ふと視界に入った風見さんの表情が強ばっていることに気が付いた。
さっきまでの公安としての表情ではない。
目を見開き、言葉を失っているような、そんな表情。
でもそれは私を通り越して、私の背後へ目を向けているようで。
その視線を追うように後ろへ目を向けると、その表情の意味が分かり、途端に私も風見さんと同じ表情になった。