第106章 ゼロへ
「ひなたっ、待ってくれ!」
「・・・ッ」
待てない。
赤井さんからは何も指示がない。
ジョディさんからの隠れろという指示が最後だから。
それに背く訳にはいかない。
「ひなた!!」
・・・やめて。
振り向かせようとしないで。
止めようとしないで。
・・・名前を、呼ばないで。
「止まるんだ!」
まるで逃走犯にでもなった気分だ。
相手が零だと、逃げ切れる気はしないけれど。
「ッ・・・」
ほら、やっぱり。
彼に腕を掴まれた瞬間、思ったのはそんな感情で。
「どうして逃げるんだ・・・っ」
そう問われても、顔なんて見ることができなかった。
見ればさっきの別れ際の罪悪感で、どうにかなってしまいそうだったから。
「離して・・・!」
「離さない・・・っ」
掴む彼の手を振り解こうとするが、ビクともしなくて。
そんなこと、今までの経験で全て分かっているはずなのに。
無駄な抵抗と分かっていながらも、彼の手首を掴んでは離そうと足掻いた。
「・・・離すものか」
けれど彼のその一言と共に、手の力は強まって。
腕が折れてしまうのではないかという程、強く手首を握られた。
「こっちに来い」
「・・・ッ」
そのまま腕を引かれ、半ば強引に近くの空き地に入ると、奥にこじんまりと佇む小屋の様な場所に押し込むように入れられた。
「何故、僕から逃げた」
古びたそこには、イスと机がいくつか並んでいるだけ。
その椅子のひとつに無理矢理座らされて。
元々何をする場所だったのかも、想像できないような場所だった。
「・・・・・・」
そんな場所で、顔を目の前にしながら私に詰め寄る彼の質問に、ただ押し黙ることしかできなくて。
視線を逸らしては、体を小刻みに震わせた。
「・・・いや、それよりも傷の手当てだ」
何も言えないままでいると、彼は私の体を見て徐ろに近付けていた顔を離して。
「ひなた」
私から距離を取ると、少し冷静さが滲む声で私の名前を呼んだ。