第105章 意図的
「嫌な事を思い出させるが、ひなたのことを狙い、記憶を奪った情報屋と呼んでいた男がいただろう」
結局名前も分からずじまいの、あの男の事か。
分からないと言えば、最後に言われたあの言葉も・・・未だに意味は分かっていない。
もう、半分忘れようとしていたけれど。
「あの男、冬真のことについて調べていたんだ」
「?」
そもそもあの男には疑問が多過ぎる。
多過ぎるまま、目の前でいなくなってしまった。
その上、まだこうして疑問を増やされるのか。
「それで私に近付いたの・・・?」
「それもある」
それも、か・・・。
あの男には何度も、私を狙う理由を聞いたが結局ハッキリとした答えは返ってこなくて。
・・・それなのに、最後には庇われた。
「あの男、以前はスパイとして働いていたらしい」
「スパイ・・・?何の?」
それを聞いた瞬間、彼は視線だけで私に答えを出した。
この質問には、答えられないと。
そもそも、ここまで彼が教えてくれることも珍しい。
それだけ状況は悪く、私が知っておくべきことなのだろう。
「男がまだスパイとして活動していた頃、ひなたの母親と出会った」
「!」
視線で言われた通り、私の質問には答えないまま話を進められて。
母と出会ったということは、男はFBIでスパイ行為をしていたのだろうか。
「そして禁断の感情を、ひなたの母親へと向けてしまった」
禁断の、感情。
・・・つまり、私の母を。
愛したということ・・・?
「その頃にはひなたも勿論存在していた。男はそれを知っていたようだが、それでもその感情が失われる事はなかった」
いつ頃の話だろう。
聞いてはみたいが、知るのは怖くて。
それにあの男、そんなに歳を重ねているようには見えなかったが。
「それから時が経ち、彼女はFBIを辞めた」
「・・・?」
辞めた・・・?
でも母は潜入中に、兄に撃たれて・・・。
「・・・というのは、表向きだった。組織に潜入するからという理由もあったが、一番はその男に目を付けられてしまったからだ」
目を付けられた。
それが例え愛情だとしても立場が違えば、そう捉えられてしまうのか。