第105章 意図的
「それから男はスパイを辞め、情報屋やバイヤーのような事をやって彼女を探した。そういう事をしていれば、彼女の方が見つけてくれるとでも思っていたのかもしれないな」
納得も同情も、してはいけないし、しないけど。
今更になって、あの男とちゃんと話をしてみたかったと思った。
「そんな中、あの出来事を知ってしまった」
・・・兄と、母のあの事か。
「既に男の感情が歪んでいた事に間違いは無いが、それからは更に歪んでいった。そしてそれが怒りへと変わり、その矛先は冬真へ・・・そしてひなたに向かった」
まるで全てを見てきたように話す彼から目を離せないでいると、突然合った視線に心臓がドクンッと音を立てた。
「あの男が愛した女性を撃ったのが冬真で、その冬真が妹のように可愛がっていた女性が、愛した女性の娘・・・ひなただった。その事実に男は更に狂った」
だから男は私に近付いて、私をも狂わせたのか。
私だけが幸せそうに零と居るのが気に食わなかったのか、母に似た私が気に触ったのか、今は確認しようもないけれど。
「・・・ただそんな男も、最期は情が出たようだがな」
最期・・・なるほど。
あの時の、あの言葉の意味が、今ようやく分かった気がする。
『似ているから、かな・・・。俺が、大嫌いだった・・・人に。
嫌いだったよ。・・・俺より先に・・・死んだやつ、なんて』
・・・あれは。
母のことを言っていたのか。
この事を赤井さんに話した時、納得した様子を見せたのも・・・全てこれが分かっていたからだ。
今更になってこの事を知ったのは、正直後悔した。
もっと早くに知っていられたら。
あの男から、母の話を聞けていたかもしれないのに。
あんな酷い事をされたのに。
そんな事を思ってしまう始末で。
「それにあの男は、冬真が置いていった鍵のことを知っている可能性が高かった。だから生きて捕らえたかったんだ」
・・・鍵。
ようやく辿り着いた着地点だったが、その着地点はただのスタート地点だという事に気付いて。
これからが本当の話だと、静かに姿勢を整えた。