第105章 意図的
「・・・!」
椅子に腰かけた瞬間、気付いたことがもう一つ。
それは酷く驚きながらも、同時にどこか納得もあった。
「これ・・・」
「僕が気に入って買ったんだ」
料理達よりもっと手前。
私の一番近くに置かれた箸に目をやれば、あの時私が見ていた桜柄の夫婦箸があって。
いつの間に購入したのか。
そんなことを考えたのはほんの一瞬で。
彼が一人になった時、私を見ていたこと。
店員さんが話し掛けて来た時、私の気を逸らすように零が指示したこと。
その時に店員さんからこっそり掛けられた言葉の意味も、今全てをようやく理解した。
「気に入らなかったか?」
・・・こういう聞き方がズルいんだ。
彼が見ていたことに、私が気付いたと確信して。
私が心の中で、この夫婦箸を欲していることを見抜いていて。
でもこれは、あくまでも彼が気に入った物と言われ。
私の逃げ道を用意しているようで、しっかりと全方位囲んでいる。
「ううん、凄く気に入った」
心のチクチクが大きくなる中、それぞれ静かに手を合わせては食事を始めた。
彼の作ったご飯で体を満たすことは、あと何度できるだろう。
この箸や皿たちが、彼を苦しめなければ良いけど。
そんな事を思いながら、静かに食事を終えた。
ーーー
「ひなた」
「ん?」
入浴を済ませベッドに腰掛けていると、彼は台所側から顔を覗かせながら私の名前を呼んで。
「話をしたいんだが、良いか?」
そういえば、帰りの車内でそんな事を言っていたな。
・・・兄のことで話がある、と。
「・・・うん」
少し身構えながら返事をすると、彼は安心させる為か、ニコッと笑顔を向けながら一度身を引いて。
暫くしてから戻って来た時、彼の手にはコーヒーの入ったマグカップがあった。
「ありがとう」
それをテーブルに置くと、私の隣に腰掛けて。
何を聞かれるのだろうと心の準備をする中、彼は持ってきたコーヒーに口をつけると一息だけ短く吐いた。