第104章 終って※
「最初は上手く登れなくて、何度も何度も落ちた」
それを笑って話す姿を見て、零にもそういう時代があったのだなと思っては、私も思わず笑いが漏れた。
「あとはこうして、木陰で転んで空を見るのが好きだった」
彼はそう話しながら、当時を再現するように木陰に転んでみせて。
それをクスッと笑って見ていると、零は私を手招きして。
一瞬戸惑いはあったものの、折角来たのだからと彼の傍に腰を下ろした。
「ひなた」
風が気持ち良い。
普段は嗅ぐことのできない、草の匂いがする。
それを目を閉じて感じる中、傍にいる彼が私を呼んでは視線を向けさせた。
転ぶ彼は片腕を私の方に伸ばし、直接的に言いはしないものの、ここに転んでおいでと無言で伝えているようだった。
その腕と彼の顔に何度か視線を動かすと、彼は僅かに口角を上げて。
外で寝転ぶなんて、したことはないけれど。
ないなら、尚更。
初めてを彼とできるならと。
彼の腕に頭を乗せて、大地に身を預けた。
「・・・ひなたにも、知ってほしかったんだ」
暫くボーッと空を眺めていると、彼は静かに話を始めて。
その横顔へ僅かに視線を向けると、その目は何かを懐かしむように細められていた。
「この場所でなくても、ここと似た匂いや風を感じれば、きっと嫌でも僕を思い出すだろう?」
・・・嫌でも、なんて事はないだろうけど。
確かにこの匂いを感じた時は、彼を思い出すだろうな。
「私はいつでも、零のことしか考えていないけどね」
冗談のような本当のようなことを呟くと、彼は突然私を引き寄せるようにして顔を近付けて。
突拍子も無い行動のせいで目を丸くしてしまう中、零の瞳は私を真っ直ぐ見つめた。
「僕はもっと、ひなたに僕を刻み付けておきたい」
「!」
そう話す彼にさっきまでの笑みは無く、あるのは真剣な表情だけで。
変わり過ぎた雰囲気に流石に戸惑いながら、何も言えないまま固まってしまった。