第104章 終って※
「ひなた」
彼の親指が、唇をなぞって。
何故か妙な緊張感が体を包んで。
指示にも従えないまま、全身を強ばらせた。
「・・・そんなに身構えなくても良いだろ」
「えっ、と・・・」
確かに、身構える必要なんてない。
クスッと笑う彼はいつも通りに見える。
けど私の体はいつも通りではなくて。
どうするのが、正解なのか。
「!」
目を泳がせていると、彼は何かを察したように笑顔は崩さないまま目を僅かに伏せて。
軽く私の唇に自身の唇を触れさせると、ドアに付けて私を追いやっていた腕をそっと退かした。
「行こうか」
そう言いながら、彼は玄関に置いていたキャップを私に被せて。
いつもの優しい笑顔を向けてはドアを開ける彼に、どこか申し訳無さが込み上げて。
結果的に、彼を拒むような形になってしまった。
どうにもすっきりできない気持ちのまま、彼が開けてくれたドアを横目に久しぶりだと感じる外へと出た。
「ひなたはどこか行きたい場所はないのか?」
「行きたいとこ?」
僅かに夏の気配を見せる気温を肌で感じながら駐車場へと向かっていると、彼は突然そんなことを聞いてきて。
「特には・・・」
彼と居られれば、どこに居たっていい。
それに、あまり迂闊に出歩けないのだろうから。
だから今だって、こうして帽子を被らされているのだろうし。
「では、僕が連れて行きたい場所に連れて行って構わないか?」
「う、うん」
連れて行きたい場所、か。
そもそも、私はこうして出歩いても大丈夫なのだろうか。
・・・零が傍にいるから、大丈夫だとは思っているけれど。
「それと、その帽子は何があっても外さないでくれ」
「え?」
駐車場に着き車に乗り込むなり、そんなことを言われた。
見た目はただの帽子だけれど、そうではなかったのだろうか。
「・・・分かった」
いずれにせよ、この帽子は外さない。
自分に言い聞かせるように、少し目深に被って。
彼はそれを横目に確認すると、何故か一度クスッと笑ってどこかへ車を走らせた。