第103章 これで※
「れい・・・っ」
「悪い、今は黙っててくれ」
自分が今、どこを向いているのか分からない。
どういう風に担がれているのかも分からない。
体が変に揺らいだせいで、覚めかけていた酔いが再び周り初めて。
「・・・っ」
気持ち悪い。
目が回る。
彼の匂いが近くにある。
そこに安心感はあるのに、やはり苛立ちも募って。
・・・おかしく、なりそうで。
「失礼します」
沖矢さんに何も言えないまま。
零にも、何も言えないまま。
私は工藤邸から連れ出されると、彼の車へ連行されるように乗せられた。
「零・・・ッ」
助手席に乗せられ、シートベルトを付けられそうになって。
あんなに、会いたいと思っていたのに。
今は・・・今だけは、彼と一緒に居たくなくて。
何だかとんでもない事を、口にしてしまいそうだから。
半ば暴れるようにそれを拒むと、零は私の口を手で塞ぎ、その上から自分の手の甲へと唇を触れさせた。
「今のひなたでは酔いそうだ」
そう言ってしてみせたのは、キスの真似事。
・・・そんなに飲んでない。
そう言い返す事もできない。
悔しい。
彼から怒りは感じてくるのに、それを彼は冷静さで蓋をしている。
その余裕そうな表情を保っている事が、悔しくて悔しくてたまらない。
私はこんなにも、彼に惑わされているのに。
「頼むから、今は黙っていてくれ」
そうもう一度釘を刺すと、口を塞いでいた手をゆっくり離して。
身勝手な。
言いたい事を言わせないくせに、自分の都合で連れ出して。
騒いで、喚いて、暴れて。
その冷静さを完全に失うくらいに、胸の中にしまい込んだ言葉を浴びせてやるのに。
それが、できないのは。
「ひなたの声を聞くと、我慢できなくなる」
・・・致し方の無い事だと、心の奥底では分かっているから。
これが彼を選んだ宿命なのだと。
自分が、言いたい事を言える立場ではないと。
分かっているから。
「・・・っ」
それでも、更に苛立ちや悔しさは募って、今にも爆発しそうで。
言葉の代わりに、泣きたくもないのに涙が溢れた。