第101章 知って※
「だからそれを、試そうと言ってるんだ」
・・・顔が、近付いてくる。
変装は解いていないはずなのに、赤井さんの顔に見えて。
ああ、本当に・・・。
「やめてください」
赤井さんなら。
「訴えますよ」
近付いてきた彼の口を手で抑えて。
全ての感情を押し殺し、そう言い放った。
「それは困るな」
私の手を掴んで優しく取り払うと、クスッと笑って見せて。
「沖矢昴なら、訴えてくれても構わないが」
そうされて困るのは赤井さんのくせに。
今、彼の冗談までもが辛く感じてしまうのは、何故なのか。
「・・・・・・」
それは、きっと。
「・・・赤井さんなら、良かったのに」
そんな、感情から・・・なのか。
「いつでも来い」
顎を持ち上げていた彼の手が離れると、指の甲で優しく頬を撫でられた。
彼の言う来いというのは、取引の事だろうか。
・・・それとも。
ーーー
「・・・・・・」
集中できていない。
あの後工藤邸から戻り、仕事が終わらないまま事務所に居て。
早く、セーフハウスに行かなきゃいけないのに。
でも、体は上手く動かなくて。
・・・会いたい、のに。
けど今会えば、感情という感情が壊れてしまいそうで。
自分でもどうなってしまうのか、不安で。
体はわざと、仕事を終わらせようとしていないのかもしれない。
「・・・零」
この事務所は広過ぎる。
ここが嫌いという訳では無いが、私は前の小さな事務所が好きだ。
大き過ぎるものは、手放した時の喪失感が大きく感じられるから。
「・・・!」
カチッと音を立てた時計に目をやれば、もう20時を回っていた。
予定では、19時にはセーフハウスに行くはずだったのに。
急いで片付けなくてはと、ようやく集中力を取り戻し始めた頃、事務所のドアは突然、大きな音を立てて開かれた。
その異様な空気の中、忙しなくバタバタと足音も聞こえてくる。
慌ただしさで充たされたそこから一番強く感じてくるのは、大きな威圧感だった。