第101章 知って※
「心配事ですか」
中へ入ると、沖矢さんはキッチンへと案内をして。
私をそこにある椅子へ座らせると、いつもの紅茶の準備を始めた。
「ええ、沖矢さんが浮気相手で訴えられないかが」
「それは大変ですね」
椅子に座りながら言った皮肉は、変わらない笑顔を保ったまま軽くあしらわれて。
つくづく、人の感情を逆撫でするのも上手い人だ。
「・・・一つ、お願いして良いですか」
単刀直入に話をしよう。
そうでないと、溜め息が止まらなくなりそうだから。
「なんでしょう」
俯いていた視線を上げ、沖矢さんの方へとそれを向けると、彼もまた視線をこちらに向けた。
「取引の、事なんですけど」
重い口を開く頃、沖矢さんは砂糖の入った容器とミルクピッチャーを私の前に差し出して。
「透さんの前ではなるべく・・・実行しないで頂けませんか」
良くない提案ということは分かっていた。
「それでは意味が無くなってしまいますよ」
「でも透さんと繋がる公安の人の前なら・・・」
誰だって良いのではないか。
そう言いたかったけれど。
「ひなたさん」
諭すような声で、彼からそれを止められた。
「意味が無いと、言っています」
ワントーン低い声で言われると、空気が一瞬冷たく感じて。
ヒヤリとするそれに小さく体をビクつかせると、冷や汗が一筋頬を流れた。
「彼の目で、直接確認する事に意味があるんです」
・・・そんなの分かってる。
だって。
「貴女が、言い出した事ですよ」
だから、分かってる。
「・・・分かってるんですけど」
分かってた事なのに。
最近の零を見ていると、どうしても心が揺らいでしまう。
「まあ、この取引が実行されるとは限らないのですから、実行されない方に祈りを捧げてみるのは如何ですか」
・・・祈り。
らしくないことを言うな。
「・・・分かりました」
いずれにせよ、今はそうするくらいしか方法は無い。
ただジッと、その時を待つことしか。