第100章 ゼロで※
「勿論、彼は今夜にでも君に言うだろうな。指輪まで渡しているのだから」
その時過ぎった感情は、不安以上の言葉で言い表せないものだった。
だから、突然指輪を渡したのだろうか。
だから、関係だけでもそういう物を望んだのだろうか。
この先の未来が、確約された物ではない・・・から。
「・・・っ」
・・・でも、彼は私と約束した。
彼が約束を破るとは・・・思えない。
「では何故、わざわざ沖矢さんが私に言いに来たんですか」
零が言うと予想しているのなら、沖矢さんがわざわざ言いに来る必要は無いはずだ。
「・・・僕はそろそろお暇させて頂きますね」
彼は私の問いに答える様子は見せないまま、席から立ち上がってしまって。
答えを出さない気だろうか。
それではどうにもスッキリできない。
「!」
問い詰めようと体の向きを変えた瞬間、突然彼から拳を突き出された。
驚いて言葉を詰まらせると、彼はいつもの不敵な笑みを向けてきて。
「お代です」
・・・空気が、ピリついた。
何故なのかは分からないが、彼からその空気が出ている事は間違いない。
それに戸惑いながらも、おずおずと彼の拳の下に手を差し出すと、その手を沖矢さんが反対の手で捕んでは勢いよく引いた。
「・・・っ!」
バランスを崩しながら体をカウンターに軽く乗り上げさせると、彼に静かに耳打ちされた。
「取引をする日が来るかもしれない。覚悟しておけ」
「!」
そう言いながら彼は、私の手を両手で包み込むように、お金と何かを握らせて。
近付いていた体を離すと、再びいつもの笑みを見せた。
「コーヒー、美味しかったですよ」
何から整理すれば良いのだろう。
脳内は混乱したまま目を見開いては、扉へと近付いていく沖矢さんの背中を見つめた。
「・・・一つ言っておくが」
扉のノブへ手を掛けると、沖矢さんは顔だけを少し振り向かせて。
でもその声は・・・沖矢昴ではなくて。
「君の母親に言われたから、君を守っているのではないからな」
そう話す声色は、真剣そのもので。
「君を思う気持ちが、彼に負けたと思ったことはない」
それだけを言い残すと、彼は静かにポアロを去った。