第100章 ゼロで※
「知っていて来たんじゃないんですか」
「まさか」
・・・相変わらず、読めない返事をする。
できればお引き取り願いたいが、今は店員と客という関係上、そういう訳にもいかなくて。
「ここ、良いですか?」
疑心暗鬼の目を向けていると、沖矢さんはカウンターを指差してみせて。
「人が居ませんので、どうぞテーブルへ」
一応、そう進めてはみたけれど。
「いえ、貴女と近い距離に居たいものですから」
そう言ってカウンターの椅子へと、腰掛けた。
なら最初から聞かなければ良いのに、と心の中で愚痴を零しては、小さくため息を吐いた。
「・・・何しに来たんですか」
「貴女の入れるコーヒーが恋しくなったものですから」
化けの皮を被った笑顔でそんな事を言われても、出てくるのはため息だけで。
流れで注文されたコーヒーを入れながら、不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめてくる沖矢さんを横目に見た。
「わざわざここへ来たってことは、連絡できないことを話に来たんですか」
「流石に彼の息がかかっている場所では話しませんよ」
息がかかる・・・そんな大層な場所ではないけど。
「ここの監視カメラは音声拾いませんよ」
「そのようですね」
それとなく話をするように促してみるが、本当に何も話す気はないようで。
カップに入れたコーヒーを彼の前に差し出すと、落ち着いた様子でそれを静かに飲み始めた。
「・・・あの、本当に何しに来たんですか」
「先程から言っているように、コーヒーを飲みに来たんです。それではいけませんか?」
本当なのだろうか。
だとすれば、色んな意味で図太い。
分かっていた事だけど。
「・・・・・・」
気まずい。
何も話さない時間が、本当に。
かと言って適当なことを話されても困るのはこちらだけど。
「その指輪、どうされたんですか」
「・・・えっ」
暫くの沈黙の後、突然問われたことはそれだった。
思わず彼の質問に自身の左手に目をやるが、勿論つけている覚えは無い。
だってそれは、ネックレスとして身に付けているから。