第100章 ゼロで※
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嘘のようにゆっくりと流れる時間は、全てを不思議な感覚へと誘った。
一通り水族館の中を見て周った後、魚達が頭上を飛び交うようなトンネルになった水槽の中で、暫く足を止めた。
ふわふわと浮いたような感覚のまま、水槽の中の魚達を見つめては思いに耽ってしまって。
「・・・水族館の魚って、幸せなのかどうか分からないよね」
ポロっと何気無く零したその言葉に、繋いだ手から彼の反応が返ってきて。
「ここに居れば生活には困らないけど、この世界しか知らない。ただ、生かされてるだけにも思える」
これを幸せと捉えるかどうかは、その人次第だ。
「でも、沢山の人を喜ばせることはできる」
水槽の中の魚達から目を離さず話していると、彼はそう付け加えてきて。
「それに、この一見閉鎖的な世界でも、知り尽くすには一生掛かっても無理かもしれない」
魚から彼へと視線を移せば、その瞳に揺らぐ光が美しくて。
思わず、見入ってしまった。
「・・・ここを楽しめるかどうかは、考え方次第だな」
彼のこういう考え方が、好きだ。
私には持っていないものを、彼は沢山持っていて。
それを少しずつ貰っていく度、彼で染められるようで嬉しくなる。
私で彼を染めることは、殆どできないけれど。
「そろそろ出よう。もう一つ、連れて行きたい場所があるんだ」
突然こちらを向いたかと思うと、彼はそう言って私の手を引いた。
そのまま真っ直ぐ駐車場へと向かうと、車はゆっくりとどこかへと走り出して。
「・・・どこ、行くの?」
「ちょっと挨拶に、な」
挨拶・・・?
誰にだろう。
一応その人物を考えてはみるが、思い当たる人物がいなくて。
強いて言うなら、風見さんだろうか。
・・・でも、その理由が分からない。
聞いた所で、今は教えてくれそうにもない。
その時が来れば分かるのだろうと、今はただ目的地に着くのを静かに待った。