第100章 ゼロで※
車で数十分。
約束通り、米花水族館へと向かった車は駐車場で止められ、いつものように彼が開けたドアから体を下ろした。
念の為なのか、彼は目深に帽子を被った服装で車を降りていて。
その時、何か今までと全く違う感情が、私の中で何かを引っ掛けた。
助手席から降りると、同時に彼から手を差し出されて。
それを数秒見つめる、その意図を確かめる様に顔を上げ彼の目を見た。
フッと笑う彼の笑顔に、手を繋ごうと言われていることを確信して。
「・・・!」
おずおずとその手の上に手を重ねると、彼は何も言わないままスルっと指を絡めてきて。
グッと強く握られると、笑顔を深めた。
・・・もう、私も良い歳のはずだけど。
こんな事でまだドキドキできる程、どうやら心だけは少女らしい。
「行こうか」
彼と二人で歩くのは、こんなにも小っ恥ずかしいものだっただろうか。
そもそも、二人で出掛けた回数も少ないけれど。
「ここはイルカショーが良いらしいから、後で覗いてみないか」
「う、うん」
・・・ぎこちない。
そんな返事しかできなくて。
いつもの様に振る舞えばいいのに、それができない。
今まで、どうやって会話をしていたのだろう。
「今日はかなり上の空だな」
「・・・!」
チケットを買ってゲートを抜け、水族館の中へと入ろうとした瞬間、彼は私の顔を覗き込むように、そう言ってきて。
「何か不安か?」
・・・不安、か。
無いと言えば、それは。
「・・・そう、かも」
嘘になる。
きっとその不安は、さっきの引っ掛かりを作った感情だ。
でも、彼がそれをズバリ不安だと言い当てたという事は、多少なりそれを与えた自覚があるからだろう。
「何か・・・あるの?」
ここに来た理由が、ただのデートではない。
薄々はそう思っていたけど。
・・・できればそれは、真っ黒なあの人達に関係していなければ良いなと、今は願う事しかできなくて。