第98章 金輪際
「場所を変えよう」
そう言うと彼は私の肩を抱いて、今までいた通りから離れていった。
少し二人で歩くと、その先に見えてきたのは零の車で。
その助手席のドアをいつもの様に開けられると、一度彼に視線をやった。
自分がどんな表情をしていたのかは分からないが、零から返ってきたのは、少し困ったようにも見える優しい笑顔だった。
それを見てはどこか安心できたような気がして、無言で促されるまま、助手席に乗り込んだ。
「・・・・・・」
何だろう、この気まずさの様なものは。
・・・いや、実際気まずいのか。
それはさっきの沖矢さんとの会話のせいなのか、それともこの一週間のせいなのか。
「ひなた」
視線は足元に落ちたまま、突然呼ばれた名前に反応して肩をピクリと震わせた。
「・・・・・・」
返事はしなかったが、それが聞こえたことは彼にも分かっているはずなのに。
でも彼はそれ以上、何も言葉を口にしなくて。
「・・・零?」
あまりにもその間が長かったから。
気になって、今度は私が彼の名前を呼んだ。
それと同時に彼へと視線を向けた時、目に飛び込んできた彼の表情に、何も言えなくなった。
「・・・、っ・・・」
笑顔、なのに悔しそうで、苦しそうで・・・今にも泣きそうで。
それを見て、こちらがその感情に押し潰されないはずがなかった。
「れ・・・っ」
彼が何を言いたいのか、何を言おうとしてるのか。
分かりたいような、そうでないような。
「もう、待たせたくはないんだがな」
そう言って彼は天を仰ぎ、手の甲を瞼の上へと押し当て、光を遮断した。
・・・確かに、私はいつも彼を待ってばかりだ。
でもそれは、私が待つことしかできないからだ。
傍にいる力もない、ただ彼に守られるだけ。
それが嫌で何かしようとするのに、結局彼の足を引っ張ってしまう。
「待つだけなら・・・苦じゃないよ」
そう、待つだけなら。