第14章 出発前
その日、ポアロの仕事は閉店までだったが、昨日のこともあるからと夕方で終わらせてもらった。
透さんも言っていたが、梓さんもあの話は知っていて。その為、暫く落ち着くまでは長くても夕方まで、という話に落ち着いた。
梓さんに迷惑をかけたくなかったが、あの男が今度は店に乗り込んでこないとも限らない。
透さんの言いつけを守り、暫くは夜に出歩かないことも心に決めて。
明日はなんてメールを送って出かければ良いのだろうか。
いっそ黙って出る方が得策なのでは、と考えているうちに一日はあっという間に終わってしまった。
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いつも以上に頭が働かない朝だった。
その日の夜はあまり眠れなくて。
それでも重たい体を起こしてスマホを手に取る。
『今日は友人と旅行に行きます。友人に任せているので行先は分からないですが、着き次第また連絡します』
散々と悩んだ結果、透さんには嘘ともそうでないとも取れるようなメールを送信した。
昨日透さんに貰ったワンピースで身を包み、それに見合うようにメイクもして。
あんな豪華な列車に乗るんだからと、せめてもの抵抗だった。
家を出ようとすると、メールの着信を告げる音。
開くと透さんからの返信で。
『分かりました。到着したらすぐに連絡ください。お気を付けて。』
胸にチクリと棘が刺さるようで。
透さんが組織の人間だとしたら、かなりヤバいことをしている自覚はあったけれど。
そうではない自信があったから続けられていた。
『分かりました。』
そう一言だけ送信し、沖矢さんがいる家まで急いだ。
彼の住む家に着き、インターホンを押す。
『はい』
「如月です」
『どうぞ、中へ』
必要最低限のあっさりとしたやり取り。
それを終えて中へと足を進める。
「お邪魔します」
「おはようございます、ひなたさん」
沖矢さんがどこからともなく出てきて。
そして間も無く彼の言葉に違和感を感じる。
「・・・どうして名前なんですか」
「おや、いけませんか?」
この人も透さんのようにいつも笑顔を保っているけど、どこか挑発的だよな・・・なんて思いながら。
「・・・別に構いませんけど」
「ありがとうございます」
お礼を言われる程のことではないと思うが。
そして、少し透さんに感じる罪悪感は何なのか、その時はよく分からなかった。