第98章 金輪際
「誰なのかはこの際問題ではない。君はこの尾行を巻いてみろ。組織に潜る以上、それぐらいの能力ぐらいは身につけておくんだな」
・・・彼がそう答えるということは、少なくとも組織の人間ではない。
それに多少の安心感はあるが、尾行されていることに違いはない。
でも、何故急にそんな事を。
「コツとか・・・教えてくれないんですか」
でも彼のことだから。
何かしら理由はあるのだろう。
・・・多分。
「君も中々貪欲だな」
君も、とは何なのか。
誰と比べられているのかは知らないが、流石にゼロのままでは学ぶものも学べない。
結局今の私は、中途半端に裏社会へ足を突っ込む、一般市民なのだから。
「まずは尾行している人間の姿を特定しろ。尾行しているのが素人であれば、目立たない格好をしているおかげで、こういう場所だと逆に浮くだろうな」
今の言い方だと、今の尾行者はここに溶け込む、それなりの格好をしている、ということか。
「そして人は視線を下にすると、自然と殺気のようなものを放つ。後ろめたい事がある人間は、見られた時に下を向きやすい。慣れている者程、下は向かない上に上手く追跡者と目を合わせない」
・・・本当に彼はFBIの人なんだ。
そう実感しながら、それらしい解説に思わず聞き入った。
こういう時の赤井さんは、やはり頼りになる。
して良いのかは、さておき。
「敢えて人通りの少ない場所へ行くのも一つの手だ。だがこれは、最悪の場合を考え、相手を撃退できるだけの術があればの話だ 」
・・・確かに。
今の私にはその技術がない。
つまりは、そういう技術も多少見に付けろということなのか。
「今回は無理だが、エレベーターを使える状況であれば数回使え。それで巻ければそれなりの人間だ。尾行する人数が何人いるかどうかの判断にも有効だ」
あとは君の知識や技術で補うと良い、という彼の言葉に、私にも伸ばすべき力があったことにようやく気付いた。
色んな人間に目を付けられた、この技術を。
「・・・ありがとうございます」
何だかんだ事細かに教えてくれるのだな、と運ばれてきたミルクティーに目を向けながら思うと、自然体に気を付けながら辺りに気を張った。
視線は感じない。
けれど、妙な圧は感じてくるようで。