第98章 金輪際
「どこか行きたい所はありますか。これを飲んだら出掛けましょう」
そう言いながら、沖矢さんは淹れたてのコーヒーの入ったカップを目の前に差し出して。
「・・・・・・」
急に、そんな事を言われても。
そもそも、出てはいけないものだと思い込んでいたから。
「行きたい所がなければ、僕の用事に付き合って頂けませんか」
「・・・用事?」
それは、沖矢昴として・・・ということで間違いないだろうか。
「ええ、貴女にしかできないことです」
・・・私にしかできない事、とは。
ーーー
「・・・沖矢さん」
「どうしました?」
数時間後、私が居たのはとあるファッション街で。
「これ、どういう事ですか」
行き先を告げられないまま、私は彼と一緒にここへと赴いた。
そして、いざ着いたかと思えば彼の口からはとんでもない要望が飛び出した。
「ですから、貴女に僕の服を選んで頂きたいんです」
・・・それが、私にしかできない事というのか。
「どうして私が沖矢さんの服を・・・」
「以前、彼にスーツを選んでいたのが羨ましかった、といえば良いですか?」
だからと言って、沖矢さんの服を選ぶ義理はない。
そう言うように視線を向けると、隣を歩く彼は崩さない笑顔を私に向けた。
「工藤邸にいる間の貴女の相手代だと思って、選んで頂けませんか」
そんなズルい言い方。
そう言われてしまっては、断る事ができない。
「・・・分かりました」
ため息混じりに了承すると、彼はその笑みを僅かに深めて。
未だに・・・というよりは今となっては余計に分からなくなっていた。
彼の、私に対する気持ちというのが。
「そういえば・・・それが隠れた方が良いんですよね?」
何が、とは直接言わないが、首元を指さしながら問えば彼には十分に伝わった。
「いいえ。貴女が僕に似合うと思えば、どんな物でも構いません」
・・・それって。
沖矢昴の時は着ない、と言っているのだろうか。
だとしたら私は赤井さんに服を選ぶということで。
それは・・・何だか良くない気がした。