第96章 価値感※
「は・・・っ」
やっと唇が離れた瞬間、肺は求めていた空気を一気に取り込んで。
さっきの苦しさとは全く別物だったが、さっきよりも今の苦しさの方が、何倍もマシだと思えた。
「・・・体、辛くないか」
その問いに小さく頷くと、彼は僅かに安堵の表情を見せて、ようやくソファーへと腰を下ろした。
「悪いが、一時的に体の熱や心拍を上げる薬を、ほんの少しだけ飲ませた。事前に言えなかったのは本当にすまなかった」
それは・・・何か事情があったのだろうから構わないけど。
そういう事がいつ起きても構わないつもりで、バーボンの隣に居たり、組織の人間と接触しているのだから。
「今のは安定剤の様なものだ。体が敏感になっていたのは恐らく、以前の症状があったからだろうな」
成程・・・と思う反面、何故・・・という疑問も比例して浮かんできた。
やはり、理由が分からない事には納得し切れなくて。
暫く彼の横顔を見つめていると、徐ろに目を伏せ小さくため息を吐いたその表情に、何かを察した。
「・・・ひなた」
彼に改まった様子で名前を呼ばれた瞬間、ふと思い出した。
「話しておかなければならない事がある」
ああ、前と同じだ。
「実は」
あの時と同じ様に。
「ひなたの記憶を奪ったあの男は・・・まだ生きている」
案外、冷静でいられるものなんだな。
「・・・・・・」
彼から動揺するなと、何度も言われていたからだろうか。
それとも、その事はもう知っていたからだろうか。
はたまた、話してくれた安堵が強かったからなのか。
「そっ、か・・・」
それ以外の返事ができなかった。
わざとでも良いから、少しくらい動揺したフリでもしていれば良かっただろうか、なんて。
「・・・知っていただろ」
考えるだけ、無駄だった。
「ごめん・・・」
「ひなたが謝ることじゃないだろう」
それでも、私が誰から聞いたかなんて、彼には検討がついているのだから。
何となく、条件反射の様なもので謝ってしまった。