第96章 価値感※
「きゃ・・・っ!」
半歩、足を反射的に引いた時、何かに躓いて倒れそうになった。
正しくは、倒れてしまった。
無造作に物が散らばる、机の上に。
「・・・大丈夫ですか」
咄嗟の事で受け身なんてとれなかった。
けど、彼は私の後頭部へと手を回し、最低限大きな怪我をしないように動いてくれた。
・・・というよりは、ギリギリ倒れないようにする事はできたのに、彼に倒されたと言った方が正確かもしれない。
瞬時に、私が躓いたのを利用したように感じた。
「だ、い・・・じょ・・・」
動揺するな。
目の前にいるのは彼だけじゃないか。
なのに、この緊張感は何なのか。
この速まる鼓動は、どうすれば治まるのか。
そう、表面上だけで考えて。
「ン、ぅ・・・ッ」
抑えきれない動揺だけが、加速していった。
「・・・っ、ふ・・・ぁ・・・」
だって、何の理由も分からないのに、こんな所で机に押し倒されては、キスまでされるなんて。
これで動揺するなと言うのには、無理がある。
考えたら負けなのは分かるのに、脳が状況を理解しようとしてしまう。
「ひゃ、ぅ・・・っ!」
唇が離れると、今度は鎖骨にキスを落とされた。
擽ったさと緊張で変に高い声を漏らしてしまうと、恥ずかしさで咄嗟に口を手で塞いだ。
「・・・すまない、適当に声を出していてくれ」
その手をそっと外されながら、彼は耳元で静かに囁いた。
適当に、なんて言われても。
「・・・っや・・・!」
彼が触れれば、自然と声なんて出てしまう。
抑えろという方が難しいのだけど。
でも。
「と、透さ・・・っ」
こんな所で、こんな状況で。
近くにあの男がいるかもしれないのに。
拒否権は無いのに、静止をかけたくなる。
「その顔」
フッと笑う彼の顔が逆光になって。
心臓がドクンと大きく鳴って。
「とことん、虐めたくなりますね」
こんな事で顔を熱くしてしまって。
・・・バーボンの女としては、まだまだだ。