第96章 価値感※
「・・・謝るのは僕の方ですよ」
そう小さく呟く彼の横顔に目を向けては、暫くそれを見つめてしまった。
バーボンとしては、珍しい表情をしていたから。
そして、その言葉から数分は、車を走らせたように思う。
何か考え事をしていた気もするが、何を考えていたのかは分からない。
車が走っている間は、ずっと上の空で。
ハッキリと記憶として残せたのは、車が止められてからだった。
「行きましょう」
「は、い・・・」
止められたのは、コンテナが多く並ぶ場所。
車から降りると、どこか懐かしささえ感じた。
そして同時に、恐怖も覚えた。
何故ならここは・・・。
・・・ここに来るのは、初めてではなかったから。
数ヶ月前、私はここで初めて、ジンとウォッカと呼ばれる人の声を聞き、今思えば安室透ではない彼に触れた。
その時と・・・同じ場所だ。
この奥には廃工場があるはず。
そう考えている中、彼は私に腕を組ませると、コンテナの間を抜けて、その方向へと進んでいった。
「振り返らないでくださいね」
そう静かに囁く声に、自然と背筋が伸びた。
やるなと言われたらしてしまいたくなるこの衝動は、一体何なのか。
でも彼の言葉で、ある程度は悟れた。
・・・あの男が、近くにいる。
私にはその気配を察する事も、それが何の為かの理由を探る事もできないけど。
「ひなた」
「?」
彼が突然方向を変え、大きな廃工場の裏側へと足を進めると、そこには小さな作業場のような建物があって。
彼がその建物のノブを捻ると、何故かドアは開かれた。
鍵は付いているのに、始めから掛かってはいなかった様で。
作業机のような机がいくつか並ぶ部屋はどこか埃っぽいが、最近立ち入った形跡のようなものはある。
彼はその部屋に私を入れるなり、部屋のドアの鍵を閉めた。
「と、る・・・さん?」
何故、鍵を閉めたのか。
それに戸惑いつつも、なるべく平常心と心に言い聞かせた。
でも、ゆっくりと靴音を立てながら近付く彼には、少なからず動揺を覚えてしまった。