第96章 価値感※
「零・・・?」
「・・・悪いが」
不安からか、気付けば無意識に手はシートベルトを握り締めていて。
サイドミラーを見つめたまま彼の言動の意図を問うが、どうやらその返事は貰えないらしい。
「ここからは、安室透と呼んでくれ」
そう言い終わるや否や、突然車は左へと曲がって。
少し強めの遠心力に体を倒しながら、彼がもう降谷零ではないことを、ピリッとした空気で察した。
今の彼は・・・バーボンだ。
・・・彼に言われた通り、呼ぶのは安室透の名前だけど。
という事は、近くに降谷零を知られてはいけない人物がいるということか。
「透さん、せめて誰に会うのか・・・教えてください」
ジンなのか、ベルモットなのか。
それとも、別の組織の人間なのか。
知らないよりは、事前に知っていた方が・・・少しは気が楽だから。
そう思ったのに。
「・・・一番、貴女に会わせたくない男ですよ」
その言葉に、ドクンッと心臓が強く跳ねた。
そして、聞いてしまった事を酷く後悔した。
「・・・・・・っ」
これから会うのは、組織の人間だと決め付けていたのがそもそもの間違いで。
でも、そう思うのはある意味必然的だった。
だって。
「で、でも・・・ッ」
「ひなた」
彼の言葉に反論しかけた時、落ち着いた声で呼ばれた名前で、それは押さえ付けられた。
「何があっても、動揺はしない約束ですよ」
そう言いながら、彼は私の手を優しく握った。
・・・情けない。
その瞬間、沸いてきた感情はそれだけだった。
「すみません・・・」
動揺してしまったことに対してもそうだが、口走りかけたことに対しても、自分を責めた。
・・・今私は、とんでもない事を言いかけたのだから。
『あの男が接触してくる可能性は、まだ低いのでは?』
なんて。
彼はまだ、あの男が生きていることを私に話してはいないのに。