第94章 強制的
「では、僕はこれで」
「・・・はい」
何だかフワッとした空気に戸惑いながらも、背を向けた彼を少しだけ見送って。
一つ大きく息を吐き出してから反対側へと歩き出すと、事務所へとゆっくり帰路についた。
ーーー
「あ、おかえりなさい」
「ただいま」
その日の夜。
彼は日本を守るための戦闘服を身につけて帰ってきて。
事前に連絡はあった為、今日は私が夜ご飯を準備していた。
「スーツ、いくつか買ってみたんだけど・・・後で合わせてみてもらってもいい?」
「ああ、ありがとう」
何だか・・・むず痒い。
小っ恥ずかしいとでもいうのだろうか。
会話が、なんと言うのか・・・その。
「・・・フッ」
「?」
料理をしていた手を止め、彼の脱いだスーツを受け取りながらそんな事を考えていると、突然彼は吹き出すように笑った。
目を丸くして彼を見つめていると、肩を笑いで震わせながら手を口元に当てては、こちらを見てきて。
「いや、何だか・・・新婚生活の様だな、と」
素直に、ビックリした。
・・・私も、同じ事を思っていたから。
「そう、だね・・・」
いくらそう思っても、実際なる事はできないのに。
彼が公安警察である内は、多分。
「・・・ひなた」
「ん?」
解いたネクタイを私に手渡しながら、彼は改まったように名前を呼んで。
「寝る前に少し話がしたい」
・・・あの男の事だろうか。
「うん、分かった」
いつも彼が話してくるタイミングは、FBIが話をした直後。
そういう絶妙なタイミングをFBIが狙っているのか、それともただの偶然なのか。
ー
晩御飯の味も、お風呂に浸かった温度も、彼とした会話も、寝るまでにした全ての記憶はふんわりとしていて。
ずっと上の空のまま、彼の言った寝る前になってしまった。
どう、反応すれば良いだろう。
あまり落ち着き過ぎていても、変に疑うかもしれない。
といっても、驚く演技なんてできないし。
今日の記憶だけ無くなってしまえれば、なんて不謹慎な事まで考えてしまう始末だった。