第94章 強制的
「・・・・・・」
零のスーツは風見さんが用意していたと言っていた。
普段どういう物を選んでいるのか、聞いておけば良かった。
零からは何でも良いと言われたけど。
「そう言ってもな・・・」
やはり多少は・・・と堂々巡りの考えを脳内でしていると、ふと隣に誰かがいる気配に気付いた。
「・・・!」
その人物に徐ろに目を向けると、この時間、この場所に来てしまったことを大きく後悔した。
「珍しいですね。貴女がこんな所にいるなんて」
「・・・どうして、ここに」
相変わらずの、考えが読めない笑顔。
それを貼り付けた彼、沖矢昴は、私が持っていたスーツを手に取ると、まじまじと見つめだして。
「ちょ・・・返してください・・・っ」
「彼にはこちらの色の方が似合うと思いますよ」
そう言って沖矢さんは別のスーツを手に取り、私の方へと掲げて見せた。
「沖矢さんの意見は求めていません。それより、どうしてここにいるのか、答えてください」
一歩後ろへ下がり、僅かながら彼から距離を取ると、これ以上寄るなと目付きで訴えてみせた。
「ここにいるのは本当にたまたまですよ。近くを通りかかったら、可愛らしい貴女の顔が目に飛び込んできたので」
・・・本当に彼は赤井秀一なのだろうか。
そう強く疑いを持ちたくなる程、その時の彼とは所謂ギャップというものがある。
もしかすると、こちらが本性なのかもしれないが。
「・・・何か、あったんですか」
彼の言葉を信じない訳では無いが、外で・・・それもこんな所で鉢合わせするのは、流石に偶然ではない気がして。
彼に取り上げられたスーツを手に取り直すと、小声で素直に尋ねてみた。
「特に何もありませんよ。貴女に会いたい気持ちが強過ぎたせいですかね」
・・・少しでも、妙な心配をして損した。
平然とした態度で返す彼に更に冷たい視線を向けると、相変わらずものともしない笑顔で跳ね返された。