第94章 強制的
「じゃあもういいですか。事務所に戻らないといけないので」
先程まで自分で持っていたスーツを手に取り直すと、そそくさとレジに向かい始めて。
零は仕事だが、鉢合わせしないとも限らない。
・・・今まで何度もそんな事があったから。
そうなる前に早くここから・・・。
「!」
・・・という私の思いを知ってか知らずか、沖矢さんは何故か私の腕を後ろから引いては私を引き止めた。
「少し話があります。人目があれば、貴女も構わないでしょう?」
構わない事はないが、少なからず二人きりという不安要素は無くなる。
それに、今の彼の目はいつもの冗談混じりという風には見えなかったから。
「・・・念の為、米花町を離れて良いですか」
「貴女がそう望むのなら」
偶然会ったのは最初から疑わしいものではあったが、わざわざ私が用事を済ませる頃を見計らって声を掛けたのだろう。
零から忠告されているにも関わらず接触してきたということは、それなりの理由もあるのだろうし。
・・・これで大した用事でも無ければ・・・どうしてくれようか。
ーーー
「こちらでいかがですか」
「・・・構いません」
着いたのは、道路沿いにある一件の落ち着いた様子のカフェで。
米花町からは15分程離れた場所にある為、知り合いに会う確率は多少減ると思うが。
それでも僅かな不安から、キョロキョロと辺りを見回しながら店内へと入った。
客は数人。
アンティークな店内は年代を選ばない為か、男女も年代もバラバラだった。
観葉植物が多数並ぶ店内は客同士が目視しにくい。
そんな様子の奥の隅にある小さなテーブル席。
そこに向かい合うように腰掛けると、一人の店員さんが近付いてきて。
「僕はコーヒーで。ひなたさんはミルクティーで良いですか?」
「え?・・・あ、はい。じゃあ、それで」
メニューにはまだ目を通していないのに。
素早くそう注文する彼に、ここが初めてではない事を察した。