第93章 重ねて※
「おはよう」
「・・・!?」
目の前に居たのは、居ないと思っていた零で。
スーツを着たその姿を確認すると、目は一瞬で覚めた。
「お、おはよ・・・」
戸惑いながらも挨拶を返すと、彼から優しい笑顔が返ってきて。
それに胸がキュッとなる感覚を覚えつつ、体をベッドから下ろそうとした。
「もう出るの・・・?」
眠る前に、そう言っていたから。
本当は送り出したくはないけれど、せめて玄関まで、と思っていると。
「残念だが」
言いながら、彼の手が首筋から後頭部を回るように滑り込んできて。
「もう帰ってきたんだ」
その言葉に、思わず目を見開いた。
一体何時間眠ってしまったのか。
見送る事もせず、帰ってきた彼を眠ったまま出迎えてしまうなんて。
そう言葉無く慌てると、くすくすと彼から漏れる笑いが聞こえてきて。
「心配するな。僕のする事が少ないようにと、風見が手を回してくれていた。朝は過ぎたが、まだ昼は来ていない」
自分を落ち着かせるには僅かに不十分な言葉だったが、それでも彼の仕事が早く済んだことには安心を覚えた。
「・・・・・・」
随分と柔らかい雰囲気だけれど、眠る直前の事は覚えているのだろうか。
聞きたいけれど、もし覚えていなかったら。
どちらかと言うと、その方が都合が良いから。
自分から聞くことは、今はやめておいた。
「どうした?」
「う、ううん・・・っ、何でもない」
触れている彼の手がピクリと動いて。
それに必要以上に動揺した。
「ひなた」
名前を呼ばれた瞬間、その次に来る言葉が何となく分かった気がして。
「しゃ、シャワー浴びてくる・・・っ」
それを拒むように、慌てて彼から離れベッドを降りた。
そのまま振り返る事無くお風呂場へと駆け込むと、呼吸を落ち着けながら異常な心拍を確認する様に、胸にそっと手を当てた。
・・・これは、確実に避けている。
間違いなく、事実だ。
また彼にこれを言及されたら。
・・・何て答えたら良い。