第92章 執行人
「風見、すまないが後始末を頼む・・・」
「それは構いませんが・・・とにかく車へ」
彼が座っていた場所には、鉄の匂いが漂っていて。
立ち上がる零を二人で支え、その隣を着いて歩き始めようとした時。
「・・・悪いが、それを貸してくれないか」
「これ・・・?」
彼が指さしながら要求したのは、私の肩に掛けられた風見さんの上着だった。
「これ以上、後始末を増やしたくない」
綺麗にして返す、と零が言葉を付け加えると、風見さんは遠慮気味に首を振りながら、私の方を一度確認して。
その無言の問い掛けに頷くと、上着を風見さんに返した。
「好きに使ってください」
そう言いながら、風見さんはジャケットを血がぽたぽたと流れる腕へと巻き付けるようにして。
別に脅されている雰囲気では無い。
風見さんが自ら、零に貸したいという気持ちに近い事は見て取れた。
それは、零への強い忠誠心からだろうか。
そんな事を思いながら、若干の肌寒さを感じつつ、血の匂いに包まれる彼について下まで降りていった。
「・・・病院は?」
ようやく車まで辿り着き彼を後部座席に乗せると、その隣へと座りながら尋ねて。
爆発の時の傷は殆ど治っているとはいえ、まだ完治では無い。
そんな時にこんな大きな傷まで作ってしまっては、体が持たないだろうに。
「こちらで手配しておりますので、ご心配無く」
風見さんは、そう言ってドアを閉めると外で誰かに電話を掛け始めた。
零の言う、後始末の手配だろうか。
きっと、彼がここに居たという痕跡を消すのだろう。
「・・・ひなた」
「何・・・?」
ここまで来て彼も気が抜けたのか、呼吸が少し荒くなってきているように思えた。
「悪かった」
突然謝る彼に、何も言葉を返せなかった。
それが、何に対してなのか分からなかったから。
きっと全てに対してなのだろうが、十分な説明が無い今、許せる事と許せないことがあるのも理由で。
「一つ、聞いても良い?」
「・・・ああ」
あまり喋らせたくはなかったが、どうしても気になっていた事が一つある。