第92章 執行人
「すまない、下まで降りようと思ったんだが、出血が酷かったんだ・・・」
駆け寄っては彼の前に跪き、その姿を確認した。
顔を歪めながらも笑顔で話す彼の手の先を見れば、二の腕辺りを抑えるその手が血まみれなことに、ようやく気が付いた。
・・・電話での違和感はこれだったのか。
「どうしたのこれ・・・っ」
「大丈夫だ。出血はあるが、傷は深くな・・・」
「そういう事じゃない!」
明らかに大丈夫でない状況に少しパニックになりつつも、どこか冷静さは保ち続けていた。
何があってこうなったのか。
・・・いや、理由は後でいい。
「とりあえず風見さんに・・・っ」
腕は適当なもので縛り上げていたようだったが、一人では彼をここから運び出す事もできない。
違う場所を探す風見さんを呼びに向かおうと、立ち上がりかけた時。
「!」
彼の手が、私の手を咄嗟に掴んで。
その手はいつもの様に冷たくはなく、手を濡らす赤いそれのせいか、生暖かく感じた。
「それ・・・どうしたんだ」
「え?」
少し真面目な表情になった彼に動揺しつつも、肩に掛けているジャケットの事を言っているんだと思った。
「こ、これは風見さんに貸して・・・」
「そうじゃない」
言いながら、私の手を掴む彼の手の力が強くなって。
「この怪我だ」
その僅かに低くなった声に、心臓までもが掴まれたような感覚に陥った。
「これは・・・」
零に隠す必要は無いし、事務所の電球が割れたことなんてすぐに知れる。
それでもいつもの癖か、迷いが生まれている中。
「降谷さん!」
離れて探していた風見さんが、息を切らしながら姿を現して。
思わず掴まれていた手を引いて彼から離れた。
風見さんを見て安心感を覚えたのはきっと、ここから零を運び出せるからだと思えたからだ。
答えを出さなくて済んだから、なんて思ってるはずない。
・・・きっと、そうだ。