第92章 執行人
「まだ寒いですね・・・」
五月になったとはいえ、夜は冷える。
一枚上着を持ってくれば良かった。
出る時は慌てていた上、気が張っていた為、そんなものを感じる暇もなかったけれど。
風見さんとの会話で少し気持ちに余裕ができたせいか、鈍感だった感覚が少しずつ元通りになっていった。
「あの・・・自分のでよろしければ」
そう言いながら風見さんが差し出してくれたのは、先程まで彼が着ていたスーツのジャケットで。
「い、いえ・・・!それじゃ風見さんが寒くなっちゃいます・・・っ」
「風邪など引いてしまってはいけませんので・・・」
お互い必要以上に必死になりながらも、今回は私の方が折れる事にして。
それは二人の背後に同じ人物の影がチラついているせいもあるけれど。
「・・・すみません、ではお借りします」
風見さんのジャケットを受け取ると、それを肩に掛けて。
落ちないように襟の部分を優しく持つと、建設中のビルの中へと進む風見さんの後を、パタパタと追い掛けた。
「私はこちらから回りますので、如月さんはあちら側をお願いしても良いでしょうか」
「あ、はい・・・」
ここに居るはずなのに、という雰囲気を出しつつも、すぐに探すことを決めた風見さんに、判断の早さを感じて。
言われた通り、風見さんとは反対側の方へと走るが、零の姿は見えなくて。
「零・・・?」
何となく、声を潜めて。
何度も名前を呼びながら、暗闇の中を探し回った。
一階、二階、三階と、階段を登っては息を切らして。
明かりは僅かな月明かりのみ。
ただ、暗闇に慣れた目は、思う以上に周りを把握していて。
それでもどこか薄気味悪さを感じつつ、機材や道具が散らばる中を歩いて進んでいると。
「・・・ひなた」
「零・・・!?」
彼の声が、微かに聞こえて。
その声に引かれるように歩みを進めると、座りながら壁にもたれ掛かる彼を発見した。