第92章 執行人
頬に流れる血を手の甲で雑に拭うと、僅かに鉄の匂いを感じて。
・・・あれ、血液って。
こんなに塩っぱいものだったっけ。
「・・・っ」
鼻の奥がツンと痛くなる感覚に、顔を勢いよく振って。
泣くな。
泣いた所で何になる。
そもそも、何故泣く。
そう何度も頭で繰り返しながら洗面所に向かうと、水を勢いよく出して顔を洗い流した。
動きを止めてはいけない。
手足を動かせ。
脳内に絶えず命令を送り続け、その通りに体を動かした。
濡れた顔をタオルで拭くと救急箱から絆創膏を取り出し、それを頬と手の甲に貼り付けて。
要らない事を考えないように、パソコンの電源を付けた瞬間だった。
「!」
机の上に置いていたスマホが着信を告げた。
またコナンくんだろうか。
でも、頼み事はさっきで最後と言っていたけれど。
そう思いながら画面を覗き込めば、予想外の名前に目を見開いた。
「・・・零?」
そこには安室透の文字。
出なければいけないのに。
どこか躊躇してしまって。
そんな権利は持っていないのに。
「っ・・・」
半分ヤケになりながらもスマホを手に取ると、勢いで受話ボタンを押した。
「も、もしもし・・・」
恐る恐るスマホを耳に当て呼びかけると、強い風の音のようなものが電話越しに伝わってきた。
『ひなた』
その名前を呼ぶ一言で、何かのスイッチが入った。
これは・・・何かを頼まれる時の声のトーンだ。
『今だけで構わない』
用件から入る彼に、急いでいることを悟って。
風を受けている為か、いつもより少し声を張った彼の声に、自然と耳を澄ませた。
『僕の、協力者になってくれ』
「・・・協力者?」
突然そんな事を言い出した事にもそうだったが、その言葉そのものに正直戸惑いを覚えた。
彼は何をしようとしているのだろう。
お得意の、違法な何かに私が使われるのか。
それとも、また利用されるのか。
「・・・・・・」
別に構わない、それが彼の為ならば。
いつもならそう思っていたけれど。
・・・もし、コナンくん達にまた被害があったら。
それが怖くて、返事が出来ずにいた時。