第92章 執行人
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事務所近くの駐車場に着くまで、会話らしい会話はなかった。
きちんと睡眠を取っているのか、食事はしているか、それくらいの確認をお互いにとっただけ。
もっと、話したい事はあったはずなのに。
「・・・ありがとう」
駐車場に車を止めると、目を合わせないようにしてお礼を言った。
また暫く会えないかもしれない。
そう思いながら、ドアハンドルに手を掛けた時。
「ひなた」
突然呼ばれた名前に振り向いた瞬間、あの公園で触れなかった唇が、今度は確実に触れ合った。
「っん・・・ぅ・・・ッ」
舌が、絡んでくる。
彼の手が、頬に添えられて。
体に、熱が籠る。
「れ・・・、っン・・・んぅ、ん・・・!」
ゾクゾクと、体の底から何かが湧き上がってくる。
それがとにかく・・・苦しい。
「・・・・・・ッ」
ダメだ。
これは、ダメだ。
何がなんて考えられない。
とにかく、今はダメなんだ。
そう思って、彼を勢いよく突き放して。
「・・・ごめんなさい」
一言謝ると、素早く車を降りて、事務所まで勢いよく走った。
室内に入るとすぐに鍵を閉め、力無くズルズルと扉に背をつけながら、玄関に座り込んでしまった。
「・・・っ・・・」
彼と触れ合った唇へ、徐ろに指先をやって。
何とも言えない、罪悪感のようなものを覚えた。
「・・・!!」
何をする体力も気力も無いまま呆然と座り込んでいると、突然震えだしたスマホに体をビクつかせて。
手に取り見れば、普段掛かってくる番号ではない、彼のもう一つのスマホからの着信だった。
「はい」
『あ、如月さん?』
いつものスマホでないことに疑問は覚えつつも、自分でも驚く程に冷静に、彼と会話を続けた。
「・・・どうしたの?」
『今、安室さんと一緒?』
端的に済ませたいと言うように、彼は先にそう質問してきて。
この聞き方だと、零が居るとマズイ話か、彼に用があるかのどちらかか。
「ううん、さっき別れたとこ」
『そっか。なら丁度良いや』
そして彼はどうやら、前者のようだ。