第91章 ゼロの
「・・・私、ちょっと出てくる」
「あ、ちょ・・・っ、如月さん!?」
止めようとする彼をすり抜け、阿笠邸を飛び出した。
さっきまで力の入らなかった体が嘘のようで。
落ち込む時も、辛くなる時も、嬉しくなる時も、原動力になるのは全て彼なんだということを痛感した。
ーーー
「・・・・・・っ」
着いたのは前の事務所。
きっと新しい事務所や、いつものセーフハウスには戻らないはずだ。
ここに居るという確信は無かったが、もう一つのセーフハウスよりは何となく、可能性が高いと思った。
一応、下の事務所も確認しようとドアノブに手を掛けそれを回し引いてみるが、当たり前の如く鍵が掛かって開けることはできなかった。
「・・・何か・・・」
ピッキングツールでもあれば。
そう思い、辺りの地面を見回すが、使えそうなものは何も無くて。
ダメ元でバッグの中を探ってみると、底の方に転がっていたヘアピンに、ふと指に触れた。
長さはあまり無いが、これならいけるかもしれない。
それを無理に開き捻じ曲げ、鍵穴に突っ込めば、数ヶ月前の記憶が蘇るようだった。
そういえば、ここをピッキングで開けるのは二度目だな。
一度それを失ったのが嘘のように、あの時の事が思い出せる。
それを妙な気持ちで噛み締めながら、扱いずらい道具でなんとか引っ掛かりを見つけた。
「・・・!」
カチャンッ、という解錠を知らせる音を響かせると、勢いよくその扉を開いた。
・・・が、そこには何も残っていない静かな空間しかなく、人の気配すら感じなくて。
「零・・・っ」
不安から思わず彼の名を口にするが、まだここに居ないと決まった訳では無い。
慌てて二階への階段の方へと視界を向け、そこを駆け上がると、再びそこも勢いよく扉を開いた。
ここにも、もう何も無い。
二人で座ったソファーも、何度も夜を過ごしたベッドも、お揃いのマグカップも、何も。
そして、やはりここも人の気配は感じない。
引かれるように玄関へとゆっくり足を踏み入れると、ドアはパタン、と音を立てて閉じられた。