第91章 ゼロの
「もしもし、高木刑事?・・・うん。それで・・・?」
淡々と会話を続ける彼は、そっと私に背を向けて。
表情を見られないようにしたのだろうけど、その背中を見るだけでも何故か辛くなって。
彼自体から視線を逸らすと瞼を固く閉じ、鋭くなってしまった聴覚を遮断するように、手で耳を塞いだ。
彼がこんな事で死ぬはずはない。
そう信じてはいるが、それでも自分を納得させられなくて。
「・・・如月さん」
「!!」
突然肩に置かれた手に驚き、ビクッと体を震わせると閉じていた瞼を勢いよく開いた。
真剣な眼差しで、こちらを見つめる彼から出てくる言葉を早く聞きたいのに。
でも耳を塞ぎたくなるこの気持ちは、何なのだろう。
「どう・・・だった・・・」
聞きたい、聞きたくない。
息の仕方も分からなくなるくらい、その呼吸は明らかにおかしくて。
それでも何とか、肺に空気を送り続けた。
「・・・被害にあったのは公安警察の人達で間違いないみたい。そして死傷者の中で身元が確認できなかった人もいない」
つまりは、死傷者が皆誰なのか分かっているということで。
「公安の人は名簿から名前が消されている人もいるけど・・・今回は事態が事態だから、警察内部だけで身元は明らかにしてるらしい」
問題なのは、その中に彼の名前が・・・。
「・・・無かったよ」
「ッ・・・」
・・・無かっ、た。
「安室さんの名前は、無かった」
・・・彼の、名前は。
無かった。
「如月さん!?」
良かった・・・本当に。
「ごめ・・・っ」
座っていた椅子から床へと崩れ落ちると、勝手に涙がボロボロと溢れ出した。
泣きたい訳ではないのに。
泣いてる場合でもないのに。
「・・・ただ、もし怪我をしていても、すぐには治療を受けていないんじゃないかと思うんだ」
・・・確かに。
彼は公安警察でも少し特別な立ち位置だ。
今回の件で負った怪我の治療を受けている中、高木刑事達と出くわしたりしたら。
彼が公安警察だとバレるのは、都合が悪いのではないだろうか。
そしてそれが軽症でも重症でも、彼がすぐ病院に行くなんて思えない。
重症なら尚更だ。
病院側に理由を説明できないから。