第90章 二人の
「自ら命を絶つようなことは、絶対にするな」
それは、彼からの約束。
「・・・大丈夫、しない」
素よりそんな覚悟、私には無いはずだ。
似たようなことはしたことがあるが、ちゃんとした覚悟があれば、とっくにこの世にはいないだろうから。
「内部に入り込めば、ひなたが傷付くことは沢山ある。身体的にも、精神的にも」
「・・・うん」
それは十二分に身を持って体験した。
でもきっと、それも可愛いものだったのだろうな。
「これまで以上に、普通の生活はできなくなる」
「そうだね」
分かっていると思わなければ。
少しでも迷いを見せれば、彼に反対されると思ったから。
「それと・・・」
「零」
必死に理由を探していた。
何としてでも、私を止めたかったのだろう。
でももう、いいから、と。
彼の言葉を遮った。
「大丈夫だよ」
大したことじゃない、と彼を抱きしめて。
「零がいるから」
そう一言告げると、彼の力がスッと抜けた気がして。
「・・・すまない」
また彼は謝って。
「ごめんね」
どうしようもない謝罪で埋め合って。
これが正しいのだと、お互いで認め合うように。
何が解決されるのかなんて分からないけれど。
兄と母を失うことになったあの組織に、何もしないままも癪だから。
ある意味これが、私なりの復讐かもしれない。
ーーー
数日が経ち、4月も終わりを迎えようとしていた。
事務所は無事に物だけは移転を済ませ、私はその片付けに追われていて。
結局、零とはあの日の夜から、一切の連絡が取れなくなっていた。
その日から、公安の見張りは外す事も告げられていた為、風見さんと会うこともできず。
組織と深く関わっていく以上、今後は公安の人達との接触も最小限にしなくてはいけない。
それは分かっているけれど。
「・・・・・・」
スマホを取り出し一通の彼からのメールを開くと、そこには私がすべき数日後までのスケジュールが書き出されていて。
ただ、そこにはポアロと事務所に関わることばかり。
バーボンの愛人としての事柄は、一つも記されていなかった。