第90章 二人の
「!」
目を閉じている中、優しく唇に何かが触れて。
思わず、その瞼を勢いよく開いた。
「無防備過ぎるぞ」
目の前には、柔らかな日差しに照らされた、彼の優しい笑顔があって。
その表情に、心臓が大きくドクンと音を立てた。
「・・・ずるい」
そう一言呟くと、真っ赤になっているであろう自分の顔を手で覆い隠して。
彼はふいに、こういうことをしてみせるから。
・・・私のこの状態を見ても尚、彼はあんな心配をするのだろうか。
「ひなた」
いつもの声色で、優しく名前を呼ばれると、その手をゆっくりと外してみせて。
「・・・話を、しないか」
彼の言葉に、単純に驚いた。
まさか本当に話してくれるとは思わなかったから。
いや、まだあの話をしてくれるとは決まっていないけど。
「・・・うん」
倒していた体を起き上がらせ彼の目の前に座ると、自然と互いに正座になって。
「ひなたが聞きたい話から話そう。ただ、制限がつくことは許してくれ」
そう面と向かって言われたが、改めて問われるとどこから聞いたら良いか分からないもので。
とりあえず、今は近い出来事のものから聞いていくことにして。
「・・・事務所を移動するのは、やっぱり私が原因?」
大したことは無いのかもしれないが、やはり引っ掛かりは強くあったから。
「そうだと言えばそうだが、違うと言えば違う」
彼の返答に眉を寄せながら首を傾げれば、困ったように笑っては、視線を下へと逸らしてしまって。
「あそこは当初と利用目的が少しずつ違ってきている。セキュリティが万全ではない上に、知らなくていい人間が知りすぎている」
・・・確かに、元々は私の監視用だった。
今もそれは微かに動作はしているものの、どちらかと言えば生活拠点の一部にもなっている。
そして一日の大半をあそこで過ごすこともある。
それに、赤井さんやベルモットが簡単に出入りできてしまっている。
・・・彼にとってベルモットはどうにかできる存在でも、赤井さんや沖矢さんはそうもいかない上に、あまり良い気はしないだろう。