第90章 二人の
「あの男のこと?それとも別のこと?」
事務所の移転も、何か関係があるのかもしれない。
聞いても教えてもらえる保証は無いし、自信も無かった。
けど、今の彼を目の前にして・・・聞かずになんて、いられなくて。
「・・・いや、単純な恋煩いというやつだ」
やっぱり、誤魔化されるか。
それを不服とは思わないが、やはり寂しいものはあるなと実感して。
「バーボンの女としても、聞かせてもらえないの?」
如月ひなたではなく、バーボンに飼われている女として。
彼の都合が良い、存在として。
「・・・・・・」
今回ばかりは、彼でも返答に迷っている様子で。
これで彼が誤魔化したり、隠すようであれば・・・それはもう身を引かざるを得ない。
「・・・あとじゃ、駄目か」
そう考えていた時、彼の口はゆっくりと開かれて。
「今はひなたのことだけを考えさせてくれ」
言葉と同時に、彼の手が腹部や太ももを滑っていった。
これは、誤魔化されているのだろうか。
・・・いや、彼から感じるのは。
「・・・ッ、ひゃ・・・」
悲しみのような、何かが抜け落ちた感情。
「零・・・」
その空いた場所へ私を埋め込むように、彼の手は私の全身を這い、艶めかしく触れていって。
ピクリと時々体を反応させては、彼の要望通り今はそれ以上言葉を挟まず、ただ身を任せた。
触れた彼の唇や手が震えて感じたのは、気の所為だろうか。
ここまで言葉を交わさない行為があっただろうか。
こんなにも。
「・・・零・・・っ」
悲しい触れ合いが、あっただろうか。
ーーー
目が覚めた時には、もう朝だった。
長い夜だったように思うが、殆ど覚えていない。
最近、こんなことばかりだ。
僅かに鈍痛のする頭を抑えながら隣に目をやるが、そこには誰もいなくて。
ああ、やはり話す気は無いんだ。
ならこれ以上、私から聞いてはいけない。
私は彼の助手で、女で、恋人で。
そしてただの、一般人だから。