第90章 二人の
「ひなたはいつも温かいな」
少しの苦しさに耐えながらゆっくり彼の背中に手を回し、その体をキュッと抱き締め返すと、そう言われて。
「そ、そう・・・かな・・・?」
彼の手を冷たいと感じることはあっても、体を冷たいと感じることはなかった。
だから体温は同じくらいなのだと思っていたけれど。
「この温かさに、安心する」
「・・・・・・」
・・・そうか。
彼はその目で、友人の死を見た。
友人以外でも、組織に潜入してからのそういう事は、一度や二度では無かったかもしれない。
そうなれば・・・体温だけで安心するのも納得はできる気がする。
生きていることを確信するように。
「そっか・・・」
でもそれが、少しだけ羨ましいと思うのは・・・不謹慎だろうか。
私は誰も居なかった。
兄も、母も、去る時は会えなかった。
この温もりで安心感を感じることはできるけど、彼と同じような感じ方をすることはできないことに、寂しさも感じた。
「・・・さっき、ひなたが思ったより動揺しなくて、少し焦ったんだ」
さっき・・・と言うのは、彼の突然なあの言葉のことだろうか。
・・・キスがしたい、という。
「焦った・・・?」
どうして?と問えば、かけられていた体重が軽くなり、視線が交わる位置まで、彼の顔が離れた。
「ひなたの気持ちが僕から離れるんじゃないかという不安、からだろうな」
・・・どうして。
「そんなことないよ」
どうして、そうなるのだろう。
「・・・すまない」
どうして、謝るの。
どうして。
「・・・零」
あの時みたいに、悲しい顔をするの。
「・・・・・・」
私の記憶が抜けていた、あの日のような。
「・・・何かあったの」
FBIの名や、沖矢さんにコンタクトを取ったことが、今の彼の冷静さを壊した原因だということは分かっている。
けど、それだけではないことも、彼を見ていれば痛い程分かる。
いや、今なら見なくても・・・分かる。